74、村上城





74、村上城(村上市本町)
別名舞鶴城と呼ばれる、室町時代に関東秩父氏一族、本庄行長が小泉庄本庄の地頭として補任され城を築いたと言われ、本庄氏は上杉謙信とも戦うが、慶長三年(1598)、上杉景勝が会津に封替となり、本庄繁長も従ったため、城主には村上義明が入り村上城と改称された。明治元年(1868)、北越戊辰戦争の際、官軍の攻撃を受けた村上藩兵によって城を焼き全を失う。