101 大阪城





101、大坂城(大阪府大阪市中央区)
明治以前の地名表記が大坂で、明治以降の地名は大阪と表記しするそうで、今の大阪城天守閣は、昭和に入りコンクリート建物の固有名詞だそうです。天文元年(1532)、顕如は山科本願寺から石山御坊を一向宗本願寺派の本山としたが、天正八年(1570)本願寺顕如は織田信長に石山本願寺を明け渡した。信長は石山本願寺跡に築城を命じたが、本能寺の変の後、豊臣秀吉が大坂城改築を行い、秀吉の死後慶長四年頃完成したといわれています。元和元年(1615)、大坂夏の陣起き、大坂落城した。家康はこの年に一国一城の制を布し、元和五年(1619)、伏見城を廃し、城代・城番を大坂に移し、翌六年から諸大名の普請役で大坂城の修築を始めた。寛永五年(1665)、落雷により天守閣は焼失して、以後昭和まで再建されることは無かった。